【目的】
映画『フロントライン』を通して、コロナの恐怖!介護現場で実際に起きていた。
介護も同じように最前線で命と生活を守っていたこと。
1. 映画を観てよみがえった“コロナの緊張感”
映画『フロントライン』は医療の最前線を描いている。その姿を見ながら、私はコロナ初期の介護施設で感じた緊張と不安を思い出しました。情報がなく、正解もない中で働いていた日々は、まさに介護も恐怖の中にいました。
映画『フロントライン』は、医療の最前線で働く人たちの葛藤を描いている。
その姿を見ながら、私はコロナ禍の初期、介護施設で過ごした“あの空気”を強く思い出しました。
- 情報が無い。
- マニュアルも無い。
- 正解が分からない。
介護現場もまた、確かにフロントラインだった。
2. コロナウイルス未知の恐怖と、情報不足がつくる“見えないストレス”
テレビやネットで流れる情報は日によって変わり、何を信じればいいのか分からなかった。知識不足そのものが恐怖を生み、利用者のケア・自分の家庭・感染の不安 たくさんの迷いの中で日々は過ぎていきました。
コロナウイルスについて、誰も分かっていなかった頃。
テレビの専門家の話は日によって変わり、ネットの情報は溢れすぎていた。
「何が正しいのか分からない」= それ自体が恐怖だった。
その中で、
- 陽性者のケア
- 陰性者の生活支援
- 自分の家庭への心配
- 次に誰が感染するか分からない不安
すべてがのしかかってきました。現実、施設の入所は稼働している働かなければいけない。
しかし、子供たちの学校は休校になる。家に帰れない。
利用者ケアもしなければならない、自身の子供は家に居る。すべてが同時進行で人にも頼れない状態で、みんな孤独の中で不安と戦っていたでしょう。
3. 陽性者は部屋隔離。陰性者は誰が見る?という現実
陽性者が出るとすぐ隔離・防護服対応。しかし問題はその後の「陽性者と陰性者を分けてケアするには?」部屋の隔離だけでは、認知症などで(不穏行動・理解力低下)歩き回ってしまう利用者などには困難があり、階を分けてケアをするという現実。職員不足と緊張の中、色々な判断と決断がありました。目まぐるしく変化する日々でした。
陰性者は誰が見る?という現実**
陽性が出た瞬間、私たちは防護服を着て隔離対応に入った。
でも問題はそこから。
「じゃあ陰性者を誰が見るの?」
スタッフは減っていく。
陽性者対応に人が取られる。
陰性者のケアも止められない。
焦りと恐怖と色々なストレスや疲労感で職員の免疫も低下し悪循環になっている現場でした。
4. コロナ・クラスター施設で衝撃な出来事。職員が足らない
マニュアルにも制度にもない、クラスターが起こった施設の“最終手段”。
職員の陽性者が、陽性の利用者をケアする
という現場判断が必要になったこと。衝撃でした。
これは制度にもマニュアルにも存在しない。
でも、誰もいない。
ケアは止められない。
動ける陽性職員が陽性者のケアに入るしかなかった。
これが、クラスターの怖さだ。
職員も陽性者が増え、「“誰かがやらなくては”ケアが止まって しまう」の決断”だったのでしょう。
5. コロナの施設を中間管理職が現場をまとめてくれた
行政・家族・現場・上司の間で揺れながら、中間管理職は判断を求められそれでも立ち向かう行動、その姿に助けられた瞬間は多かった。
情報の整理。
毎分毎秒状況が変わる中、誰も正解が分からない。
それでも——
管理職は先頭に立って、真っ先に陽性者の部屋に入っていったし住み込みの様に2.3日会社に居ました。すごい事です。
指示だけする人ではなかった。
背中で現場を支え、崩壊しないように踏ん張っていた。誰もが経験した事ない事なのに。
現場がパニックになりそうなとき、
この管理職の判断と的確な指示があったから、私たちは動けたとおもいます。
6. レクリエーションなんてできない。“生活”が生活でなくなった日々
マスク・距離・禁止事項だらけで、レクもおしゃべりもできない。生活そのものが崩れていきました。
生活”が生活でなくなった日々**
介護といえば
「レクをしたり、おしゃべりをしたり」
そんなイメージがある。
しかし実際は全く違った。
- マスクで表情は見せられない
- 距離も必要
- 集団行動は禁止
- 外出や面会も不可
生活そのものが崩れていた。
笑顔をつくる余裕なんて一切なかった。
「今日、感染者が増えませんように」
その祈りだけだった。
7. 職員の休みまで制限されていた
不要不急の外出禁止、県外移動禁止、会食禁止。仕事以外の時間まで制限され、それでも利用者を守るために耐えていた。
「不要不急の外出を控えて」
「県外に出ないで」
「会食もNG」
仕事以外の時間まで制限された。
誰のためなのか分からなくなる日もあった。
でも結局は、利用者を守りたい。という気持ち。
私の内心でした、子供との成長段階の時間を制限されて寂しかった。。異常な事でしたね。好きな事や気晴らしもできない、行ったなんてバレれば叱られてしまう。おかしいと思う日々でした。
8. コロナ映画「フロントライン」を通して伝えたいこと
医療だけでなく、介護もまた最前線だった。情報不足、異常事態、管理職の奮闘、静かに戦った介護職の姿…。映画をきっかけに、介護職の現実も知ってほしいとブログにしました。
・情報不足で動くしかなかった現実
・陽性者が陽性者をみる異常事態
・管理職が命がけで現場を守ったこと
・職員たちが恐怖を抱えながらケアを続けたこと
・クラスターが現場の心をもっと削ったこと
これらはニュースではなかなか伝わらない。
でも映画でも伝えていた「震災3.11」の経験から学んだ事忘れてはいけない歴史的な事。
果たして介護業界は日々の忙しさで「3.11」や「コロナウイルス」を忘れず活かすことが出来るのか。これからの時代 震災がどこでおきてもおかしくない事。
日々の当たり前を当たり前じゃなくなった出来事があったことを忘れてはいけない!と強く伝えたい!
そして
介護職は、静かだけど強いフロントラインだった。と!
【DWAT(災害時福祉支援チーム)】
映画『フロントライン』は医療の最前線を描いていますが、
福祉の世界にも DWAT(災害時福祉支援チーム) という“もう一つのフロントライン”があります。
DWATは、災害などの非常時に
高齢者や障がい者など、介護が必要な人の生活と心を支える福祉専門チーム です。
医療のDMATが命を守るなら、
DWATは「生活を続けること」を守るチーム。
コロナ禍で、介護現場も最前線だったことを振り返ると、
福祉のフロントラインの存在も、もっと知ってほしいと感じます。
出典:


