【人生を天秤にかけた日!】離婚したいのに動けなかった私が決断するまでの10年

シングルマザーの生き方

この記事のゴール
「離婚したいのに、動けない」と悩み続けているあなたが、悩んでいる自分を責めるのをやめて、自分の人生を自分で選ぶための小さな一歩を考えられるようになること。

こんにちは。シングルマザーで2人の子どもを育てながら、40歳から介護の仕事を始めた、現役9年目の介護福祉士です。

今回は、私がいちばん長く悩んだことを書きます。離婚を決めるまでの話です。

「離婚したい」と最初に思ってから、実際に決断するまで。私は5年、いや10年悩みました。この記事は、あの頃の私と同じように、今まさに動けずにいる人に向けて書きます。

「離婚したい」と思ってから、10年動けなかった

離婚を考え始めたのは、ずっと前のことでした。それでも私は、動けませんでした。

今日は我慢できても、明日はもう無理かもしれない。そう思いながら、気づけば5年、10年と時間だけが過ぎていきました。

「悩んでいる時間がもったいない」と人は言うかもしれません。でも、私はそうは思いません。あの長い時間は、私にとって必要な時間でした。その理由は、この記事の最後まで読んでもらえたら伝わると思います。

動けなかった理由は、ぜんぶ「不安」だった

なぜ10年も動けなかったのか。振り返ると、理由はぜんぶ「不安」でした。

  • お金の不安。不安しかありませんでした。資格もなく、きちんと働いたことのない自分に、子ども2人を養えるのか。
  • 子どものこと。父親は必要だと思っていました。子どもは何も悪くない。親の都合で家庭を壊していいのか。
  • 世間の目。母子家庭に世間は厳しいんじゃないか、という怖さ。
  • 自分への自信のなさ。決断を夫任せにしてきた私に、一人でやっていけるのか。怖かったです。

それでも、心の奥にはずっとひとつの声がありました。

「このままの私の人生は、嫌だ!」

不安と、この声。この2つの間で、私は10年揺れ続けました。

悩んでいる間に、私がしていた2つの準備

当時の私は「悩むだけで、何も行動していない」と自分を責めていました。でも今振り返ると、実は2つだけ、動いていたことがあります。

  • 公営住宅の申し込み。心が決まる前から、住む場所の順番待ちだけは申し込んでいました。
  • ヘルパー2級の取得。いつか一人で働くことになったときのために、資格を取っておきました。

この2つが、のちに私の命綱になります。

もし今、あなたが「まだ決められない」なら、それでいいと思います。ただ、決められない間にできる準備はあります。住まいの情報を調べる。小さな資格を取る。少しずつお金を貯める。心が決まらなくても、逃げ道の準備は進められるんです。

最後のひと押しは、突然やってきた

私の場合、決断のきっかけは自分で選んだものではありませんでした。夫の浮気の発覚です。

そして、ちょうどそのころ、申し込んでいた住まいの順番が回ってきました。

偶然のように見えるかもしれません。でも、順番が回ってきたのは、悩みながらも申し込んでいたからです。準備をしていたから、チャンスが来たときに飛べた。10年の悩みは、無駄ではありませんでした。

人生を天秤にかけた

最後に決め手になったのは、お金の計算でも、誰かのアドバイスでもありません。自分の人生を天秤にかけたことです。

このまま夫婦でいる人生を想像しました。笑顔がなくなる家子どもたちが家にいたくなくなる家。この人の老後を見たくないし、一緒にいたくない。何かあっても同情も寄りそいもできず、最後までひどい嫁で、恨みつらみだけが残る夫婦人生。

夫婦でいる人生と、独りでいる人生。天秤は、独りでいる人生に傾きました。

正直に言うと、私の中には矛盾もありました。夫婦でいることは我慢できないのに、子供たちから父親をいなくしてしまうという事への罪悪感。この矛盾に心は押しつぶされそうになった。何を食べても味がしない。何も食べたくない精神状態になりました。約10キロ痩せてしまいました。病気の診断も受けてしまった事もありました。(それはまた、今度お話します。)

離婚して、想像より大変だったこと

きれいごとは書きません。離婚後の現実は、楽ではありませんでした。

  • 慣れない住まいの環境で、子どもたちが見せた不安な様子。精神状態が心配な時期もありました。
  • お金の不安。そして、養育費を払ってもらえない現実。約束は、守られませんでした。
  • 夫婦がそろわない学校行事での悩み。

子どもたちには「親の都合で離婚してごめんね」と謝り続けてきました。そのぶん、「あなたたちはパパとママのいいとこどりだよ」と言い続けました。このあたりの話は、別の記事に詳しく書いています。

どこにも連れていけなくて、ごめんね|「罪悪感だらけ」だったシングルマザーの子育てが、それでも伝わっていた話

想像より、大丈夫だったこと

いちばん怖かった「世間の目」は、拍子抜けするほどでした。

世間は、私が思っていたほど、他人のことを気にしていませんでした。それどころか、困ったときに助けてくれたのは、血のつながった親戚ではなく、周りの他人でした。「遠くの親戚より、近くの他人」。この言葉を、心の底から実感しました。私は周りの人に恵まれました。

ただし、助けてもらうには、こちらが弱さを見せることも必要でした。その話はこちらに書いています。

弱さを見せたら、心が軽くなった|頼れる人がいないシングルマザーが心を守るために変えた考え方

「離婚してよかった」と思う瞬間

今、子どもたちは成長して、元気に笑顔でいてくれます。それがすべてです。

そして私自身にも、変化がありました。ごはんがおいしくて、10キロ太りました(笑)。我慢ばかりだった頃は、食べる楽しみさえ感じられなかったのに。「楽しい」「嬉しい」を素直に表現できる心が戻ってきました。

離婚後に始めた介護の仕事では、40歳を過ぎてから国家資格の介護福祉士も取りました。何もなかった自分に、自信がつきました。今は、判断に迷いがない人生を生きています。

シングルマザーが40歳から介護福祉士に|2人を育てながら資格を取るまで

やらない後悔より、やった後悔

正直に書きます。「離婚しなきゃよかった」と思ったことも、ありました。自分に嘘をついたまま暮らしていれば、楽だったかもしれないと。

それでも私は、天秤にかけて自分で選びました。だから、「やらない後悔」より「やった後悔」のほうが、人のせいにしないで生きられるんです。

行動すれば、大きな傷を負うこともあります。でも、逃げずにあきらめずに進めば、「間違ったかもしれない行動」も「やってよかった行動」に変わっていきます。今の私に「人生は他人が決めるもの」という考えはありません。つらいときも、その中からいいものを得られるようになりました。

最後に、ひとつ質問させてください。あなたは今の自分を、好きでいますか?

私は、今の自分も、10年悩んでいた昔の自分も、胸を張って好きだと言えます。

この記事で伝えたかったこと
怖さと不安があるのは当たり前。10年悩んだっていい。ただ、悩みながらでも小さな準備はできます。そして決めるときは、誰かのためではなく、自分の人生を天秤にかけて決めてください。やらない後悔より、やった後悔。自分で選んだ道なら、傷ついても、人のせいにしないで生きていけます。

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